■保 存 版■ 文字や絵には換えがたい極限の惨状をCDで! 人類の危機に立ち会った人たちの声 原爆の声CD付今石元久 編著 |
A5判172頁・上製本カバー付 |
◆もくじ◆
地獄の絵 ………………………………A Picture of Hell |
村上さんの証言は、被爆直後の広島が、まるでカラーつきの記録映画でも見るが如く活写されている。たとえば、はじめの「きのこ雲」がそうであろう。そして、村上さんが語った光景は、 残酷 極まりない地獄である。村上さんの話しが終わりになるころ、関西弁のイントネーションも飛び出すなど、こらえきれない、村上さんの深い深い感情をうかがうことができる。 (「(1)私たちの原爆 閃光と爆風」より抜粋) M(村上) ちょうど、ねえ、あのー、学校が、ね、8時に始まって、で、あのー、講堂でいつも、ね、あのー、朝礼があったん(の)です。で、朝礼のときの校長さんが壇に上がってー、一応訓示をなさるわけですよね。 で、その、それが終わったときだったん(の)ですよね。校長が、あの、壇から下りかけようとなすって、あたしたちは、あの、起立して、そしてお辞儀をして、で、校長が壇から下りかけられたときに、あのー、北側の、 窓でね、ピカっと光ったわけ。あたしたち(わたしたち)呆然と、まぁ、立って(い)て、それが、ねぇ、あの、まだ入学して日も浅いですしねえ。だから、あのー、昔は写真を撮(と)るの、フラッシュを、ね、 マグネシウムをたいてフラッシュ、ぼっとたいて、ね、その光と同じような光だった(もの)ですからね。写真でも撮ったのかなぁと思ってぼやーっと立って(い)たら、そしたら、先生が、「はやくふせなさいー」って(と)言われて。 で、その椅子の下へ、ね、みんなもぐりこもうとしたわけですね。そのまえに見たら、やっぱり、ねぇ、あの瓦とか、ね、トタン屋根に、まぁ、あの、小屋なんかにして(い)るトタンが、ね、ひらひらっと横に飛んでいくのが 見えたん(の)です、よ。窓の外でねえ。で、あのー、ま、先生のお声を聞いてみんなもぐりこんで。(そう)したら、講堂が少し、ずーっと傾いてきたわけですよね。いっぺんにガシャっときたん(の)じゃなくてね。 わたしたちは、もー、しばらくじっとして。そしたら、また今度誰かが、「はやく外に出なさいー」って(と)言われて、で、あのー、外に出たわけです。もー、傾きかけて(い)るのを、もー、こうね、押し、押し分けながら外に出て。 ―― |